今日、皆さんとこの時間を分かち合える特別な機会に感謝しています。皆さんとこの時の時間を分かち合うにあたって、主の導きを求め祈ってきました。先が不透明な時期に最も大事なこと、すなわち一人一人に用意された主の計画に最後まで耐え忍び、信頼することに専念し続けられるように鼓舞してくれると願っています。預言者イザヤは、人生において1人1人に用意された主の計画を信頼することの重要性を知っていました。イザヤはこう言いました。
主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。1
確かに主は、私と家族を「走っても疲れることなく、…歩いても弱ることはなく」してくれました。逆境に遭うことはありますが、イザヤの約束は私たちが経験してきたこと全てに垣間見ることが出来ます。謙遜になり主を待ち望むなら、物事が順調なとき主は私たちと共に歩いてくれて、耐え忍ぶのが辛く、成し遂げるのが難しすぎるように思えるとき、あるいは暗闇で前に進めないと思えるとき、主は私たちを支えてくれると知っています。私は人生のあらゆる段階で、主の御手が私と家族を導いてくれるのを見てきました。貧しかった幼少期、主は確かに私のそばにいてくれました。戦争難民としてさまよっていた時期に、主はいてくれました。失ったものがあまりに大きく、痛みを伴い光を見つけづらかった時にも確かに主はそばにいました。主の光は私たちの生活の中で常に存在しています。
「強く、また雄々しくあれ」
私はグアテマラの最貧地域で育ちました。私の家は、コロニア・ラ・フロリダに建てられた日干しレンガの家でした。物には恵まれていませんでしたが、多くの点で神からの豊かさに恵まれていました。愛と思いやりのある両親と兄弟のいる家族に恵まれていました。幸せな子供時代を過ごしました。そのため、高校に入学し、私が育ったラ・フロリダの向こう側の世界を見るまで、私たちの貧しさに気づきませんでした。
私は家族で初めて大学を卒業した人でした。私の両親は農家で、正式な教育を受ける機会がありませんでした。しかし、私は教育を受けて欲しいと強く願う母に恵まれました。また、優しい父親にも恵まれました。父は旧約聖書の言葉を引用して「強く、また雄々しくあれ」と励ましてくれました。2
兄は私の家族で最初に末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗しました。兄は素晴らしい宣教師で、遠く離れた場所に住んでいました。しかし毎年、私たちに宣教師を紹介してくれました。私の家族はカトリック教徒で、母は宣教師の話に耳を傾けませんでした。とうとう姉が宣教師を中に招き、それがきっかけで母と姉妹と私が後にバプテスマを受け、教会に入りました。数年してから、父も改宗しました。改宗してから多くの奇跡が起こりました。神が私たち1人1人に計画を持っているという知識と新たな希望を福音はもたらしてくれました。私たちの人生は神聖な受け継ぎを知り、この世に存在する目的を理解することで喜びに満たされました。
福音に改心する前に、私の両親はより良い機会を求め町へ引っ越しました。当時のグアテマラでは、子供たちには学校に通う場所がありませんでした。新学期が始まると、私の母は午前3時に起きて、ラフロリダにある唯一の小学校に私たち兄弟を登録しに行きました。母の模範から、私は人生の早い段階から教育の重要性を知り、教師になる夢を持ちました。物質的に恵まれていない中で、小学校教員の職業資格証書を取得して高校を卒業しました。
私は大学教育を望んでいました。しかし、当時の大学進学に必要な45ドルを持ち合わせていませんでした。私が高校を卒業したとき、姉はイリノイ州に住んでいました。そして姉は卒業リングを買うため60ドルを送ってくれました。私はこのお金を使って、サンカルロス・デ・グアテマラ大学化学工学部の入学費用を支払いました。裕福ではありませんでしたが、叶えたい夢は沢山ありました。父が教えてくれた「強く、また雄々しくあれ」という言葉を思い出し、恐怖と混乱はありましたが希望を胸に大学のキャンパスに足を踏み入れました。
1975年、私は夫のイスラエルに出会い、すぐに恋に落ちました。翌年、イスラエルと私は結婚しました。神殿結婚を希望していましたが、グアテマラに神殿がありませんでした。そこで車を4日間走らせアリゾナ州メサ神殿で結び固めを受けました。ようやく到着したとき、はじめて主の宮に入ることができて感謝しました。私たちの生活は喜びに満ちていました。主と聖約を交わすとき、主が私たちに期待していることについて新たに学ぶことがありました。
1970年代はグアテマラにとって大変な時期でした。1976年の凄惨な地震は、農村部と町の貧困区域で多くのエリアを破壊しました。私の日干しレンガの家は完全に破壊されました。自然災害に加え、政府の弾圧も至る所でありました。貧しい学生、労働者、その他の善良な人たちへの社会的、政治的暴力を目の当たりにし、それに対しての無力さに心を痛めました。夫のイスラエルは、何をすべきか祈り、断食しました。夫は、当時日給52セントで過酷な労働環境で働いていた労働者の権利を守る運動に参加する促しを受けました。
政治的、社会的暴力で満ちていた国では、夫のこの行動は私たち若い家族にとって大きな負担となりました。私たちは権威主義的な政府の下で生活していました。社会的、経済的、政治に関するあらゆる反対意見を、政府に対する公然たる陰謀と見なしていました。すぐに夫の命を狙った匿名の脅迫をあちこちで見つけました。政府軍が2度も夫の誘拐を試みました。政府の政策に反対した人が拉致され、見知らぬ場所に連行され、そして拷問の跡が残る遺体で発見される時代でした。グアテマラ中で起きている残虐行為に異議を唱えることは危険でした。
第1子のベルタは1978年に生まれました。ベルタは私たちにとって待ちに待った祝福でした。弾圧、恐怖、暴力の時代に彼女は生を受けました。ベルタが生まれて6週間のとき、夫は政府による2度の暗殺未遂事件の1回目を経験しました。それも家の前でした。後に、ベルタは恐怖の下で暮らす子供たちが受ける戦争の影響についてはっきりと書いています。彼女もその1人でした。次のように書きました。
母親のお腹にいる子供をかわいそうに思います。彼らが幼少期に体験することは…戦争、暴力、強欲、帝国主義の影です。恐怖、戦争、虐待そしてトラウマの下で生きている全ての子供が生涯にわたって大きな重荷を背負うことになります。………戦争、PTSD、亡命、これら全てが長く尾を引くでしょう。
2回目の暗殺未遂では、政府が夫の命を奪おうとした結果、罪のない人が亡くなりました。2回目の事件を機に、そのような状況下でグアテマラに住み続けることは無理だと思いました。政府が社会的動乱を食い止めようとしたため、運動の指導者が失踪し、投獄され、もしくは殺害されました。私たちの愛する友人の多くもこの運命に苦しみました。教会のビショップ3人が、この凄惨な時期に殺害されました。彼らには家族がいて、キリストに従う人たちでした。なぜ彼らは生き延びることが出来なかったのでしょうか?私たちの良き友人に降りかかった火の粉を、私たちはなぜ逃れたのか何度も考えました。主はこれらの困難な経験から、私たちに何を学んで欲しかったのでしょうか?
神の計画を信じることは、御心が何かを見極める上で非常に重要でした。夫と娘のベルタと私は、やむを得ずグアテマラの外国大使館に避難しました。政府と大使館との1か月の交渉の後、大使館の保護の下での出国を許可されました。家族や友人の支えから遠く離れた見知らぬ土地で、難民としての生活が始まりました。
皆さんのための神聖な神の計画
経験を通して、変わらないものが1つあります。天の御父と主イエス・キリストへの信仰と主の弟子となり、交わした聖約を覚えるという決意です。主は私たちの不完全さを憐れみ、ともに歩いてくれました。私たちが無力感を感じるときは特にそうでした。ディーター・ F・ウークトドルフ管長は、2014年9月の総大会の女性部会で次のように言いました。
弟子としての道のりを歩むことは、必ずしも苦しい経験ではありません。………弟子の道は、霊を高め、心を軽くしてくれます。信仰と希望と慈愛で、励ましてくれます。闇や悲しみに包まれているときでさえ、光と平安で霊が満たされます。3
私たちの置かれた状況下で、私たちが主の弟子として人生を歩もうとするとき、主は私たちの霊を高めてくれました。私たちが信仰をもって前に進み続けられるように、主は私たちの人生に希望と喜びの瞬間で満たしてくれました。教会のコミュニティーからの支援という祝福は、私たちの生活の中で常にありました。どこへ行っても、愛を示し、ドアを開き、安全な場所を提供してくれる善良な人たちに出会いました。
2019年12月10日のディボーショナルで、中央扶助協会会長であるジーン・ B・ビンガム姉妹は、日の栄えの視点を持ち続けることの重要性について私たちに話しました。こう言いました。
すべてのことを明確にする観点は永遠の観点です。すなわち、天の御父の完全で、あらゆるものを網羅する視点です。過去、現在、未来の全てを、私たちが知り得ないほど高く、より広く、そして深く見通し、理解する主の能力があるため、主の視点は完全なのです。4
難民として過ごした時期は、私たちの生活の中で永遠の視点を持つ事の大切さが今まで以上に際立った時期でした。しかし、試練の中で永遠の視点を持つ事は必ずしも容易ではないとお伝えします。私たちにとって、確かに容易ではありませんでした。平和に過ごし、家族を育てられる場所を探し求めるため、6年もの間グアテマラからコスタリカ、コスタリカからメキシコと渡り歩きました。福音を生活に取り入れることで、導きと理解、そして慰めを得ました。私たち家族の未来を築こうとしたとき、主の御手は導いてくれました。物事が困難になったとき、イザヤの約束をよく思い出しました。それは、主は歩いても弱ることはないように私たちを強めてくれる約束です。
住む場所をどこにするか考えていたとき、主は私たちを強めてくれました。すでに私たちには家族がここにいました。そしてアメリカ合衆国に来ることが私たちにとって良い選択であることは理にかなっていました。しかし、私たちはその考えに反対でした。私たちは主がより良い計画を持っていることを知らずに、自分たちの計画に信頼を置いていました。コスタリカに数年間滞在しましたが、後にメキシコシティーに住むことにしました。しかし、主には別の計画がありました。
1985年の巨大地震がメキシコシティーの大部分を破壊しました。倒壊した建物に多くの人が閉じ込められ、数千人が命を落としました。幸いに、私たちは少しの損失で済みました。再び主は私たちの命を救ってくれました。地震の後、多くのことが変わりました。そしてメキシコシティーに住み続けられなくなりました。その頃には、8歳未満の子供が4人いました。これがきっかけとなり、アメリカに移住する重大な決断を下しました。これは成長するもう一つの機会であり、私たちは未知の世界に再び挑戦しました。
家族が近くにいたのでカリフォルニア州に来ました。誰も英語を話さず、文化も知らず、環境を理解していませんでした。しかし、主は完全な視点をもって、私たちにはその時見えなかったものを見ていたと信じています。
これらの経験を通して、私たちが成功し幸せになるかは、逆境自体ではなく、逆境に如何に反応するかに左右されることを学びました。新しい日常の現実にどう向き合うかを学ぶ中で、皆さんの中には今試練に直面しているかもしれません。先の見えなさ、健康の問題、経済的な負担、個人や家族の問題に苦しんでいるかもしれません。皆さんは旅の中で1人ではないことを知ってください。神さまは皆さん一人一人に計画を用意しています。神さまは皆さんを知っていて、皆さんが必要としているものも知っています。神の御腕は皆さんを包み込み、辛いときに皆さんを運ぶ用意が出来ています。
多文化学生課のアドバイザーとして長年務める中で、信じられない試練のただ中にいながら永遠の視点を持ち続け、神聖な受け継ぎについて知っていることを放さずにいる学生たちの話を聞く特権にあずかりました。このような学生と一緒に歩み、彼らの旅の一部になれたこと、そして彼らの信じられないほどの適応力から学ぶ機会に恵まれました。神さまは皆さん一人一人のために永遠の計画を持っています。
信仰によって生きる
私たちがここに移住すると決めたとき、神様は私と家族に計画をすでに用意していました。人生で多くのことを乗り換えてきました。だから、新しい生活に順応することは、グアテマラでの戦争や悲惨な地震を生き残ることに比べると楽でした。とは言え、適応には苦労しました。ここアメリカで移民資格の手続きに何年もかかるとは知りませんでした。そのため、アメリカで成長する足かせになりました。大学教育を受けていましたが、英語が分からず、在留資格も不安定なため役に立ちませんでした。愛する夫の助けを受け、英語を学ぶため学校に戻りました。言語学習は非常に重要でしたが、大変でもありました。今日に至るまで、英語を学び続けています。それでもお分かりかと思いますが、訛りは消えません。
英語力が伸びるにつれ、仕事の機会も増えました。カリフォルニア州の地元の学区で、教員補佐の非正規の仕事を得ることが出来ました。収入はあまり得られませんでしたが、さらなる教育を受けようとするモチベーションになりました。英語に慣れてきてから、思い切って大学の他の授業もいくつか受けました。娘のベルタと私は、マウント・サンジャシントコミュニティーカレッジに通い、哲学の授業を受けました。私がある課題に何週間も苦戦していた一方、言葉の才能があり、書くことが大好きなベルタは、提出前夜に課題をしていました。二人ともAの評価を受けましたが、私は不公平に思えました。ベルタが私よりも頭が良いのは間違いありませんでした。
非正規で働き、家族の世話をし、学校に通うのは簡単ではありませんでした。しかし、夢は持ち続けていました。神様が皆さんのそばにいるのなら、不可能なことはないと今日ここでお伝えします。努力し、正しい視点を保ち、試練を成長し、前に進む機会と捉えるならば、目標は達成できます。皆さんに用意されている主の計画を見出し、主が皆さんを導いてくれると知り、信仰によって進む勇気を持ってください。
前にも言いましたが、信仰によって歩くことは容易なことではありません。1990年代初頭、私たち家族は不況の影響を免れませんでした。私たちは家計の深刻な問題を経験し、家を失う結果となりました。家族をよりよく支えるため、非正規の仕事ではなく、正規の仕事に就かなければなりませんでした。そのとき私は、ほとんどの人が2年で修了する短期大学士号を取得していました。家族の務めがあったため、取得に4年を要しました。しかし、正規の仕事を必要としたときにその学位を取得していたことは祝福でした。私はカリフォルニア州リバーサイド郡の公共社会サービス省で働くことが出来ました。多くの点で大きな一歩でした。その時分かったことは、その省でさらに活躍したいのであれば、さらなる教育が必要だということです。
学校に戻る決意をしました。この時には、7人の子供がいて、家事と正規の仕事にも就いていました。ラ・シエラ大学の社会人向けの3年間のプログラムに参加しました。1日9時間働き、仕事が終わってから週2~3回は学校に通っていました。大変だったと思いますか?もちろん、とても大変でした。家に着くころにはヘトヘトになっていましたが、家族を支え、課題もありました。いつもそばにいてくれる愛する夫の支えなくして成し遂げることは出来ませんでした。全ては夫のおかげだと夫に伝えています。
2004年、ラ・シエラ大学を優秀な成績で卒業し、ソーシャルワークの学士号を取得しました。学士号を取得してから、同じ部署でさらに高い役職に昇進しました。その頃には、3人の娘がBYUに通っていました。
さて、グアテマラでささやかなに始まった私の物語に戻ります。15歳のとき、BYUに通うことを夢に見ていました。ある善良な宣教師がBYUに手紙を書き、将来通いたい思いを伝えるように勧めました。そして私はそうしました。BYUから返事が来ました。手紙はスペイン語で丁寧に書かれていましたが、次は英語で書くようにと書かれてありました。当時、英語はあまりできませんでした。それからBYUのことは忘れていました。30年が経ち、娘たちは私が夢見ていた大学に通っていました。少なくとも今は、私の娘は夢を叶えようとしていました。どういうわけか、私も娘たちを通して夢をかなえていました。
カリフォルニア州の日々は素晴らしかったです。私たちが受けてきた沢山の祝福のことへの感謝で胸をいっぱいにしました。良い人生でした。仕事にも恵まれ、ご近所さんも素敵で、夫の仕事も順調でした。求めるものは何もありませんでした。子供たちと夫の励ましを受けて、カリフォルニア州立大学とBYUの修士課程に応募しました。実のところ、BYUが私に興味を持ってくれるとは思ってもいませんでした。BYUに出願したのは、夫と私にユタ州について来て欲しいとせがむ娘たちをなだめるためだけでした。ユタ州だって?とんでもありません。遠すぎる上に寒すぎました。しかし、BYUから合格通知を受け取ったとき、私はへりくだる思いでした。
これが私たちの生活のもう1つの大きな変化でした。BYUに来ることは、慣れ親しんだカリフォルニア州のすべてを捨てて行くことを意味しました。この話の続きは予想がつくでしょう。ユタ州に引っ越し、10代の頃の私の夢は叶いました。それで終わりではありませんでした。新たな機会と祝福の始まりでした。大学院を卒業してから最初の仕事は、スクールソーシャルワーカーとしてプロボ学区で働くことでした。そこで私は恵まれて、何らかの形で苦労している子供を持つ多くの家族に奉仕しました。私も家族の試練をよく理解していました。私の幼少期は、似た境遇でした。
スクールソーシャルワーカーとして過ごした数年間には、忘れられない、個人的、そして仕事での経験があります。主が想像もできない方法で働きかけ、私たちが進んで主の御心に従うとき、主は私たちが「わしのように翼をはって」山を登れるようにしてくれると信じています。プロボ学区での仕事は、BYUで様々な文化背景を持つ学生や大学進学が家族ではじめての学生との関わりに役立っています。ユニークな視点と経験をBYUにもたらしてくれる非常に優秀な学生と共に働く機会に恵まれています。学生を支え、彼らの物語に耳を傾け、彼らの夢を叶える助けをすることが出来ることに、光栄に思い、感謝しています。学生がBYUで努力しているだけでなく、活躍するする姿を見ること以上に満足感を得られるものはありません。
幼少期の日干しレンガの家を思い出すたび、私の旅は希望の旅だと気づかされます。この世は試練で溢れています。しかし、確かなことが1つあります。主には理由があって、私たちにそのような経験をさせてくれるのです。今それを若い夢見る人たちと分かち合うことは、私の名誉であり責任です。皆さんの旅を希望の旅にすることは可能です。
皆さんの計画が何か主に尋ねてください。そして、主の御心に従うときには、へりくだり、主の御手に導かれる信仰を持ってください。熱心に取り組めばどんなことでも成し遂げる神聖な能力が皆さんにはあります。私たちの成功と幸せは、直面する状況ではなく、状況の向き合い方にかかっています。この歴史的な学期に授業でよい成績を収めようと努力する中で、皆さんがBYUに来た目的を忘れないでください。
2016年のディボーショナルで語ったケビン・J・ワートン学長の言葉が大好きです。
皆さんは偶然ここにいるのではありません。神様は皆さんを通してなすべき業を持っています。神様を皆さんの努力の中心に据えてください。神様が皆さんにして欲しいと望んでいることを行ってください。BYUでの経験を通して、神様の光を一層輝かせてください。そうすれば、皆さんの人生に奇跡が起こります。そして、主の威厳が他の人の生活にも及ぶ様子を目にすることでしょう。5
ワートン学長の言葉が自分のものとなるように祈り、願っています。皆さんがここにいるのは、主が皆さんのために計画を持っているからです。ロナルド・A・ラズバンド長老は2017年10月の総大会で、「主の影響はわたしたちの生活の細部にまで及んでいます」と述べました。確かにそうだと信じています。主の影響は皆さんの生活の細部にまで及んでいます。経験を通してこのことを知っています。私の家族と私は、偶然グアテマラを離れたわけではありませんでした。目的がありました。主の手がこの場所に私たちを導いてくれたときに、目にした多くの奇跡にとても感謝しています。
神の力を受ける
時に試練が次から次へと積み重なるように思えるでしょう。神は憐れみ深く、耐えられない以上のものを与えることはないと知ると慰めを受けます。2015年、脳動脈瘤と診断されたのとほぼ同時に、子供の1人が衰弱性の慢性疾患と診断された時、私は激しく動揺しました。そのような時、主に少しの休息を求めようとしたとき、主は私に信仰をもって前に進む力を与え、主の完全な愛を示してくれました。手術で動脈瘤は治りました。新しい脳をもらったというのがお気に入りの冗談です。神は素晴らしいお方です。
信仰の試練はこれだけではありませんでした。娘のベルタが生まれた前に、私たちは2度の流産を経験し、ようやく赤ちゃんを授かったことに感謝しました。天の御父が私たちに非常に特別な霊を送ってくれたことに気づきました。長女として、ベルタは平和を作り出す人で人を導く人でした。ベルタは誰よりも家族のジョークを思いつくことが得意でした。彼女は私の訛りを真似るのが大好きで、それが私たちを楽しませてくれました。文章を書くこと、創作活動が大好きでした。何よりも思いやりの心を持っていました。不当に扱われ、忘れられ、見過ごされがちな人に仕え、育てる機会をベルタは常に探していました。
ベルタの機転と言葉の巧みさは失われることがありませんでした。彼女はこの才能の全てを末日聖徒LGBTQ+コミュニティーに注ぎました。ベルタは敬虔な僕となり愛と世話を必要とする人を愛し、仕えることを求めました。彼女はかつて、人に奉仕するたびに、救い主と共にパンを割いている気分になると私に言っていました。ベルタは特に犯罪者の被害に遭いやすいホームレスのLGBTQ+の若者を支援しました。若者が安全に生活し、医療物資にアクセスできる場所を見つけるために働きました。ベルタは愛と思いやりを尽くして、不安障害やうつ病と戦いました。2018年6月、ベルタは自殺でこの世を去りました。
ベルタが亡くなってからの日々は、私の人生で最も辛い日々でした。私は「破れた器」のような気分でした。7 時折、肺に空気を入れたり、光を見る事すら億劫に思えました。しかし、主の光はありました。そして私たちを慰め、これまでそうであったように私たちを支えてくれました。家族、友人、LGBTQ+コミュニティーの多くの天使たちが私たちにミニスタリングをしに来てくれました。初めて会う人たちもいました。ベルタの死は私たち家族にとって辛いことでしたが、彼女が多くの人を励まし、影響を与えたことを知ることは、私たちにとって癒しの経験となりました。
2013年10月の総大会で十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド長老が与えた勧告に慰めを見出しました。
わたしたちが「破れた器のように」なったとしても、その器は天の陶工の御手にあることを忘れてはなりません。折れた骨や傷ついた心臓が癒されるように、傷ついた心も癒されます。神がその修復に携わっておられる間、残りのわたしたちは慈悲深く、裁かず、いたわりをもつことによって助けることができます。
皆さんの中に孤独や恐れそして絶望を感じている人がいたら、助けを求め、この世の試練に対して悪手を決して取らないようにお勧めします。神は皆さんを愛していて、皆さんには居場所があります。どうか生きることを選び、助けを求め、皆さんが完全な贖い主である主イエス・キリストからどれほど愛されているかを思い出してください。ゲツセマネで救い主は、私たちが人生で経験する、あるいはこれから経験する全てのことを、経験しました。主は私たち1人1人を知っており、私たちの悲しみも理解しています。
これは預言者イザヤの言葉にある約束です。
恐れてはならない、わたしはあなたとともにいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くする。………
あなたの神、主なるわたしはあなたの右の手をとってあなたに言う、「恐れてはならない、わたしはあなたを助ける」。9
天の御父とその御子を信じる信仰を強める決意を貫き通せるように祈ります。私たちに用意された神の神聖な計画を信頼できるように祈ります。神は完全で永遠の視点を持っています。この確信があるからこそ、希望を持って前に進めるのです。主の御手を取り、御手に導かれてください。私たちの救い主であり贖い主でもあるイエス・キリストの聖なる御名によって、アーメン。
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1イザヤ書40:31–31
2.ヨシュア1:6、9、18
3.ディーター・F・ウークトドルフ、「喜んで福音に生きる」、リアホナ2014年11月号
4.ジーン・B・ビンガム,“ How to Be Happy Now—and Forever ,”BYU devotional address, 10 December 2019.
5.ケビン・J・ワーセン,“The Light of the Y,”BYU devotional address, 6 September 2016.ケビン・J・ワーセン,“The Light of the Y”
6.ロナルド・A・ラズバンド、「神聖な計らいにより」、リアホナ2017年11月号
7.詩篇31:12
8.ジェフリー・R・ホランド、「破れた器のように」、リアホナ2013年11月号、詩編31-12を引用
9.イザヤ41:10、13

BYU 多文化学生課のアドバイザーであるエステラ・マルケスは、 2020年9月22日にこのディボーショナルを行いました。