ブリガムヤング大学英語学教授
今日の午後、明日、もしかすると明後日に聖なる御霊が皆さんに訪れるでしょう。そして主が訪れたときには、感謝を示し、主の存在を誇りに思い、忠告に耳を傾けてください。
今朝の私の話は、1932年10月にJ・ゴールデン・キンボール長老が総大会の説教を始めたのと全く同じように始まります。キンボール長老は彼独特の口調で「この朝を乗り切ったら、皆さん全員がほっとするでしょう」1と言いました。今日も同じです。レックス・リー管長が厳粛な面持ちでヒーバー・J・グランド大管長の代わりに席に着き、「アーメン」と答えました。
今朝は、先ほど歌った賛美歌の歌詞を少しお借りしながら、皆さんの心にお話しを始めたいと思います。、この歌詞は神様の御霊が「みさかえ出づ」る新しい神権時代の夜明けにウィリアム・W・フェルプス兄弟によって書かれたものです。
主のみたまは火のごと燃え
みさかえ出づ、末の代に
み恵みも、まぼろしも見え、み使い、この世に降る
この朝に、祝いたいことがあります。それは見落とされがちで、日の目を浴びることもありませんが、まさに今、この最後の神権時代に生きる信仰深い人たちに神様の御霊が注がれているということです。このお話を終えるとき、私たち全員が永遠の視点を再確認し、新たに活力を得て、フェルプス長老の讃美歌の喜びを分かち合うことでしょう。
天の群れと共にうたわん
ホザナ、ホザナ 神と御子
私が「ホサナと神様を呼び求める瞬間」についてお話をするとき、皆さんもその意味をご存じかと思います。。それは生活の中で、前触れもなく突然に、永遠の存在を間近に感じて圧倒され、霊的な驚きに襲われる瞬間です。慣れ親しんだ日常のルーティンに心地よくなっているときに突然、聖なる方と対面し、神様の御霊によってこの世の英知を超える世界へ攫われ、天の御父が私たちを知っていること、そして私たちの生活に関心を持って関わっておられるということの否定できない証拠に圧倒される瞬間です。「天の群れと共にうたわん」瞬間は、神様がヤレドの兄弟にしたのと同じように幕の向こう側から私たちに手を伸ばし、私たちの感性を刺激し、安心させ、慰め、導き、促し、進む道を変える瞬間です。そして、私たちの魂は舞い上がり、更新され、前の状態には戻ることはなくなります。
経験上、ほとんどの人は何らかの形でこういった永遠の一端を垣間見る機会があります。天父の、ありがたいけれども決して多くはない介入が、私たちを目的地へそっと導き、天の御父は生きているのだと私たちの魂に叫びかけています。そして天父の目的は「不死不滅と永遠の命」を私たちにもたらすことであり(モーセ1章39節)、私たちが「神様の御目の中で生きていて、その視野の中心に」おり、そしてブリガム・ヤングが語ったように、神様は「御霊の力、そのみ使いである聖霊を通して至る所にいる」のだと、私たちの魂に訴えかけているのです。
20年以上前にとある若いスウェーデン人女性の人生を活気づけた、御霊の思いがけない働きは、私が拙いながらも説明しようとしているパターンをよく表している例です。皆さんに彼女の話をすると、また私の魂に響いてきます。なぜなら、それが純粋で簡潔な真理だからです。
イングリッド・オルセン姉妹(仮名)は、離婚したばかりの母親で、幼い息子がいて、最近になって改宗しました。離婚が原因で、実家の家族と疎遠になり、末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したことで友人とも疎遠になりました。その結果生じた苦悩は、教会に入った当初の喜びを弱めたのです。孤独感や疎外感、そして先の見えない将来に打ちのめされていました。そのような混乱の最中、彼女の祈りは無駄に思え、初めは霊的に力がみなぎっていたのに、絶望の季節になってしまったのです。
そのすべてに狼狽えていましたが、ある日の午後、自転車で90分ほど離れた近隣の村に住むいとこを訪問する機会がありました。天の御父が自分の苦境を理解してくださっている兆候や、必要な導き、慰めを得られると期待して、彼女はこの旅を祈りの時間として費やすつもりでした。目的地まで自転車を漕ぐ間に、次第に空が暗くなり雲が迫ってきて、それがまるで彼女の暗く惨めな心を表しているようで、彼女の祈りは鉛の空に遮られ、聞かれもせず応えられもしないと感じました。
そのような心境の中、イングリッド姉妹はようやく遠く離れた村に到着し、いとこを訪問しました。帰路の途中、彼女は自転車で長い坂を上っていましたが、向かい風がみるみる強まり、なかなか前に進むことが出来ませんでした。この困難な状況は主が実在するのかを試すいい機会だと考えた彼女は、森へ入り、天父の存在を「風を止める」というシンプルな方法で示してくれるようにと祈りました。そうすれば、天父が自分の祈りを聞き、苦境を知っていると分かるだろうと。信仰を奮い立たせ、再び旅を始めました。さらに強まる風に向かって力強く漕ぎましたが、1キロ進むごとに苦々しさと失望が強まりました。たとえ神と言う存在がいたとしても、心からの嘆願を聞くことも応えることもないように思えたからです。彼女の村を見下ろす丘に着くと、冷笑的になったオルセン姉妹は自転車を降り、家に向かって惰性に任せて下りました。低くなる空を見つめながら、「どうも、神様。そうだと思っていましたよ。」と皮肉めいた事を言いました。
するとそこで御霊の思いがけない訪れが起きたのです。突然イングリッド・オルセン姉妹の全身に、強烈で力強く、威厳に満ちた声が響き渡りました。彼女の芯まで響き、姉妹を震え上がらせるその声は言いました。「私は風を静まらせたのではない。あなたが克服できる力を与えたのだ」。風は止みませんでしたが、心に安らぎを感じました。神様は確かに姉妹の人生を変えたのです。
姉妹は先程経験した事実に唖然としました。「ホサナと神様を呼び求める」声が全身に木霊し、祈りに対するこのはっきりとした答えに呆然としていました。言葉の意味を探りながら、時計をふと見ると驚きました。体感したことのない風の中、本来90分の所60分で帰っていたのです」。姉妹は「私は風を静まらせたのではない、あなたが克服できる力を与えたのだ」という聖霊の言葉の真実をすぐに理解しました。姉妹はまた、この啓示が地上にいる子供たちとの接し方のパターンを示しており、霊的な周波数に合わせて耳を澄ませているすべての人にとって啓示になることを知りました。神様は人生における逆境や障害を和らげません。そのようなものは必ず必要なのです。それが私たちの試しの本質にあります。しかし、主は常に私たちと共におり、「この世の終わり」に至るまで導き、指示を与え、主の僕である聖霊を通して助けを与えるのです( マタイ28:20参照)。
このホサナは、喜びに満ちた声なのです。自身の人生に神様の存在が明確に示されたことに感銘を受け、イングリッド・オルセンはすぐさま支部会長のオフィスへ向かい、起こったことをすべて話しました。神様の御心を成し遂げるために彼がなすべき役割があると感じた支部会長は、イングリッドと息子がアイダホ州レックスバークへ向かう手はずを整え、経済的な支援を確保しました。後にイングリッドは、レックスバーグのリックスカレッジに通うことになります。主が約束したように、彼女は強められ、渡米し、あらゆる障害を乗り越え勝利を修めました。リックスカレッジに通い始から芸術に目覚め、BYUへ編入し彫刻家となり、ハリス・芸術センター(HFAC)で工芸を学びました。BYUで専門的なトレーニングを終えてからは、スウェーデンへ戻り、スタジオを立ち上げ、腕の立ち成功した彫刻家となり、スウェーデン国王から依頼を受けるようにもなりました。後に姉妹は、妻を亡くした元ビショップと結婚し、今はおばあちゃんとなり、名高い芸術家であり、母国で信仰深い末日聖徒になっています。彼女の息子は伝道から帰還し、BYUを卒業し、父親となっています。(他にも面白いエピソードがあります。現在、BYUで教鞭を取る2人の家に彩を与えている彼女の職の作品の一つは、磨かれた金属製の抽象彫刻で、石の表面が風によって磨かれ形作られたことを表現しています。彫刻の名前は「Opposition II(抵抗Ⅱ)」です。もちろん、「Opposition I (抵抗Ⅰ)」はイングリッド姉妹の揺るぎない自己を表しています。主が逆境を通して彼女を最高の芸術作品へと形作らせたのです)。
さて、このお話を聞くと、五感でしか現実を捉えずにいる知的な魂は鼻で笑うことでしょう。オルセン姉妹の一時の気の迷いや、自由な想像力、もしくは説明のつかない心理状態のせいだろうと言うでしょう。また、愚かな自己暗示だと一蹴することでしょう。現世の知識に縛られた知識人が、くだらないと思える御霊の事柄を理解することは根本から不可能です。
試しのない期間で培われた信仰と、すべての真理は帰納的に導き出されるとのこの世での教えから懐疑心や疑問との狭間にいる知的なモルモン教徒は、この話を聞いて「ああ、二つの魂が、わが胸の内に住みついている」4と言葉をこぼし、霊的な胃薬を求めるでしょう。そして、2つの「根本的に相反するこの世界の見方」である霊的な見方と世俗的な見方とのバランスの取り方に苦労し、人生に疲れることでしょう5。
しかしながら、ほとんどの末日聖徒は、その時々の霊的な状態によりますが、この話を聞いて似た高揚感を感じるはずです。皆さんもご存じであるその高揚感とは、体中に響き渡り、背中がゾッとし、霊が光り輝き、そして胸が熱くなる感覚です。そして、頷く兄弟や、理解を示す笑みを浮かべる姉妹が、オルセン姉妹の証を自らの証の宝物庫に加えると、最近自分の身に起きた経験を聞いて欲しいと頼んでくるのです。そうして、あっという間に、その場で証会が始まるのです。
末日聖徒にとって、イングリッド・オルセン姉妹の経験は人生の根本に当たるもの一部であり、現世の至る所に見られます。末日聖徒やこの大学が持つこれらの特徴をこの世は理解することはないでしょう。しかし、その特徴は全ての末日聖徒の霊に刻まれているのです。パウロが言うように、物質主義や「この世のもろもろの霊力の下に縛られて」(ガラテヤ4:3)育ってきたにも関わらず、末日聖徒は、「結局のところ、霊的な生活が人の真の人生なのです」と提唱したデビッド・O・マッケイ大管長を支持する信仰深い民なのです6。
末日聖徒は、知的でありながら限定的な世界観を拒んだ、霊的な人たちなのです。つまり、常に地球からはるか遠い無限の世界を意識しているということです。この世界に生きながら、霊的な世界を信じる末日聖徒は、少し乱暴な言い回しをお許しいただければ「ずれた」人たちです。片方の目では無限に続く究極の世界を捉え、もう片方の目ではすぐそこにある現実を捉えているからです。
聖なる御霊は2つの世界をつなぐ架け橋です。なぜなら、末日聖徒もまたカリスマ的な民、すなわち自らの生活において意識的に神の存在を求める人たちであり、生活の中で「聖なる御霊の座する場所を高める」ことを求め7、神様の来臨を待ち望む教義を中心に据えている人たちだからです。それが意味するのは、カリスマのあるモルモン教徒は、御父と御子が人の生活に介在することができ、実際にしていると確信して生活しているのです。つまり、死すべき存在として歩む道の中で、常に助けてくれていると信じているのです。
私たちは聖約の民であり、行ってきた奉仕に対して責任を持つ一方で、私たちは個々の霊として最後には裁かれ、救われ、昇栄することでしょう。救いの計画の核にあるものは、ブリガム・ヤングが述べたように、この世の生涯において一時的に迷いながらも、神様の子供たちは「神の霊を受ける資格」があり、「聖なる御霊の力によって各自の義務を果たすよう導かれる」ふさわしさがあるという事実です。(JD10:296)事実、預言者ジョセフはマーティン・バン・ビューレン大統領に個人が「聖なる御霊の賜物」を享受することは他の宗派を信じる人たちとの大きな違いだと言いました8。そしてジョセフが死後しばらくして、ブリガム・ヤングの夢の中で現れたとき、彼は末日聖徒一人一人にこのような助言をしました。「この民に謙遜で忠実にあるように、主の御霊を必ず保つように、そうすれば御霊は正しい道へと導いてくれると伝えてください。細い静かな声を退けてしまうことのないように注意してください。細い静かな声は〔あなたに〕何をすべきか、またどこへ行くべきか教えてくれます。………細い静かな声は正しい方向へ導いてくれるでしょう。」9
そして神様の計画において、私たちが希望を胸に神様のもとへ向かう長く危険な旅を行う際、その道しるべとなる糸を出すのは聖なる御霊なのです。この帰家性は、聡明な御父によって私たちの魂に刻まれています。そして、その帰家性は神様の霊によって私たちの意識に呼び起こされることでしょう。それはある種の帰りの合図として旅の道中において発信され、コロブを中心に公転する星々を見上げ、指をさし、ホームシックになったE.T.のように「お家!」と泣き叫ぶのではないでしょうか?私たちの魂はエライザ・R・スノーの語る真実に共感することでしょう。
深き旨にて
われ世に降し
友と生まれとの
思い出留めぬ
「汝れは旅人」と
ささやきありて
さらに高き世に
在りしをさとる。10
先週のある晩のことです。地元で開催された結婚式に参列中、私と妻のジェニスはニール・A・マクスウェル長老夫妻と挨拶を交わしました。今日のスピーチは私が担当する旨を伝えると、長老はトピックについて聞きました。私が長老に御霊の存在と真実についてお話しすると伝えると、長老は持ち前の機転の良さで「主は聖なる御霊を通して少しずつ正すことが本当にお上手ですよね!」と答えました。
末日聖徒だけが主の御霊を感じられるとは言いませんが、選択の自由の原則を犯すことなく、天の御父は現世での旅を正してくれることを私たちは許しているのです。御霊による一つひとつの驚きは「わたしの御霊はあなたの思いを照らし、あなたの霊に喜びを満たすだろう」(教義と聖約11章13節)という御父の約束を成就するものであり、最後には私たちを安全に家まで導くものなのです。天の御父による細やかな導きは人の置かれた苦境を理解し、永遠の視点に立ち返り、正しい道を歩み続け、救いと栄光の計画において任された役割を自覚する助けとなると私は思います。
スイス・ザンクトガレン在住の親愛なる友人に起こった細やかな導きについて考えてみましょう。彼女は、絶望、孤独感、生きがいのなさを感じ、1988年の春のある日の午後に部屋でひざまずき、神様に悲痛に似た祈りを捧げました。神様が生きがいや祈りを聞いている印を授けない限り、生きる理由はなく命を絶とうと考えていました。その後の展開はお分かりのことでしょう。神様によりに慎重に導かれた王道のケースであり、これは人の子らの中で毎日何度も繰り返されていることだからです。20分も経たないうちに、アルブライト兄弟とガブラー兄弟は友人宅のドアにいました。数時間にわたる伝道活動が実を結ばず、2人は疲れ果てていましたが、アナローレ姉妹の表情に、聖なる御霊と呼ばれる形容しがたい何かを感じ、長老たちはいつもの戸別訪問のやり方を変更することにしました。その代わりに、アルブライト長老は「あなたが地球にいる理由を伝えるために主は私たちを送りました」と言いました。アナローレ姉妹は、彼女の祈りと全く同じ言葉をアメリカ訛りで繰り返されたことに衝撃を受けました。姉妹は長老たちを中に招き、2人からの教えを神様からの直接的なメッセージとして受け取りました。聖なる御霊による教えに感嘆し、光の波に飲み込まれた彼女は、神様の計画と彼女がその計画で担う役割について垣間見ることが出来たのです。まるでこれらの真実を知っていたにもかかわらず、一時的に忘れていたような感覚でした。すぐさま改宗し、次の週にはバプテスマを受けました。姉妹は現在、ワードの「神殿に通う若い女性」の会長を務めており、御霊の存在を常に感じれるようにしています。
主が細やかに正してくれたことが、教会へ改宗した人の人生に劇的な変化をもたらすため、伝道の現場は常に人の魂をめぐる最前線になっており、聖霊の「驚くべき御業」が示される素晴らしい舞台となってきました。皆さんの日記と同じように、私の宣教師時代や伝道部会長時代の日記にも「神の摂理」についての入門書のような記述があり、読むたびに胸が熱くなります。例えば、1958年3月11日私は充実した伝道活動を記した2ページの記録を次のように締めくくりました。「素晴らしい1日だった。主は溢れんばかりの祝福を与えてくれた。………非常に強い霊感を感じ、その「小さな声」が、この働きとメッセージが持つ真実についての証を改めて私に分かち合ってくれたのだ。『高きに栄えて』を歌いながら、雪に覆われた田舎道を通り家に帰ることの喜びは言葉にしがたい。そんな満足感や平安を初めて私は感じた。これが福音なのだろう」11。それが伝道の働きであり、聖なる御霊が若い兄弟の人生を細やかに正してくれるのです。
同じ日記の他のページでは、オーストリア北部のセブンズ・デイ・アドベンティスト教会のリーダーであったカール・レーダーヒルガーと会ったことに関して多くのことを書き残していました。初めて会った日、安息日について結論の出ない議論を1時間ほどした後、その善良な男性は話の途中で言葉を切り、こう言いました。「この議論には終わりが見えないね。何か私たちに伝えたいことはありますか?」御霊に満たされていたので、私は勇気をもって救いの計画について教え、議論は次の機会に持ち越すことになりました。聖なる御霊がどのようにしてこの穏やかで優しく、博識な男性を慎重に正してくのかを見ました。私はその男性にその原則を裏付ける聖句を上げてくれるように頼む度に、彼は熱心にモルモン書の主張を裏付ける多くの聖句を引用していました。神様の霊が部屋を満たしていました。そして、亡くなった人がどのようにして救いの儀式を受けるのか私が疑問を投げかけたとき、カールが突然立ち上がり、目に涙を浮かべ、第1コリント15章29節を暗唱する姿に私は驚きました。「なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか……」
「この聖句の意味を何年もの間研究し続けていたんだ。それが今、この2人の若い男性が明らかにしたんだ。」と、その男性は私たち宣教師や彼の妻、子供たち、そして壁に向かって泣き叫びました。
「ムッティー、これは神様からのメッセージだ。」と彼は妻に向かって心の底から伝えたのです。「この若い男性たちが、真実を私たちに教えてくれたんだ」。鳥肌が立ち、額には冷たい汗がにじみ、魂が震えました。部屋にいた皆が同じ体験をしたのです。数週間後、一家はバプテスマを受けました。私は耳にしませんでしたが、この出来事の最初から最後まで天のタバナクル聖歌隊は声高らかにホサナを褒め讃えていたことでしょう。私の日記では確かに讃えていました。
1986年から1989年にかけての伝道部会長時代の日記にも、同様のパターンが細部は違えど繰り返し記述されています。ゾロトゥルンの姉妹たちは御霊に促され、遠回りをして町の広場を通って帰りました。その道中で、敬虔なペンテコス派の若い指導者と出会ったのです。ユーゴスラビア出身の、病にかかり癒しの祝福を求めていた男性は、聖なる御霊に従い昼間に広場へ向かい、癒してくれる存在を探していました。もちろん、彼らは「偶然」に出会ったのです。男性は彼らに必要なことを伝えました。姉妹たちは彼をゾロトゥルンのビショップのオフィスへ案内し、そこで男性は祝福を受けました。姉妹たちは翌日男性の家へと向かい、体調をうかがい、すぐに回復したと知りました。彼らは男性と彼の妻、そして家族に教えました。彼らは教会に入り、ユーゴスラビアへ戻り、ユーゴスラビア最初の宣教師たちを迎えたのです。そして迎えた人たちは「ホサナ」と叫びました。
日記には次の出来事も記されています。サンクト・ガレン在住のロックミュージシャン、ロッコは自身のバンドのライブに急いで向かっていましたが、自転車のパンクに見舞われ、人で賑わうサンクト・ガレン通りを通ることを余儀なくされました。自転車では決して通らなかったであろうそのルートは、チャンバース姉妹とバウマン姉妹のブースのすぐ隣を通る道でした。姉妹たちは彼を見つけ、近くのベンチで言葉を交わしました。そして聖なる御霊を感じたため、ライブに遅れました。その一年後、ロッコはオーストリアのビエナで伝道する召しを受けました。そこで類まれない働きをし、多くの魂を神の王国へ注意深く導く主の指先となりました。ホサナ!
伝道部会長として、毎週125人の宣教師から全てドイツ語で書かれた報告に目を通し、教師が使う赤いペンを使って訂正や編集をしていました。しかし、その報告書はドイツ語を使った仕事以上の物でした。私はそのレポートの山を「ドイツ・スイス間、南ドイツそしてオーストリアにおける聖なる御霊の業」と思っていたのです。こうした報告書を読む醍醐味は、週を追うごとに宣教師たちの魂に芽生えている変化を目の当たりに出来ることです。私たちには理解できない方法で、御父は自身の息子そして娘の運命を注意深く修正している証なのです。若い神様の僕たちは、神様が彼ら自身や求道者の人生にどのように触れ、永遠に影響を及ぼす人生の転機をもたらしたかを証する驚くべき「ホサナ」の時を経験しました。時には畏敬と驚嘆に満ちた形で、また時にはなんら変哲もない形で現れました。
この現代の聖典を読んで1-2年後、尊敬するあるスイス人会員が御霊は以前ほど明確になっていないと述べたことに驚きを隠せませんでした。私は穏やかな口調で彼と語り合い、証を宣べてから、私の宣教師について科学的裏付けはない調査をしました。宣教師に向けた手紙の中で霊的な経験と題し、私は宣教師たちに次回の面接であることについて話すようにお願いしました。それは、主が彼らや求道者の人生に具体的に関わった回数とその性質についてです。伝道部会長(少なくともスイス伝道部の会長たち)はミスをしない人たちなので、結果の誤差がないようにしました。そして、その結果は興味深いものでした。その次の週のエリア規模の面接では、宣教師一人当たり平均6回にわたり「ホサナの瞬間」を経験し、日記に記していたことが判明しました。英語教授の概算ではありますが、小さなスイス・チューリッヒ伝道部のなかでも週平均650回、年平均3万3800件の霊的な経験が見込まれる数字なのです。伝道部会長としての3年間で、聖なる御霊は10万1400回ものその存在を感じさせてきたことになります。そして、伝道部会長はそれについて毎週のレポートの中で読むことが出来るのです。科学的根拠を論じるわけではありませんが、このざっくりとした計算から伝道部会長がこのユニークなシオンを離れたくないのか、そして18ヶ月から24ヶ月もの間、言葉に表せない体験をしてきた宣教師が口をそろえて「この2年間は人生最高の時間だった」と決まり文句を言う理由も見えてくるでしょう。もちろん、当然のことです。
ああ、私が天使であって、末日聖徒と人の子たちの中に働く聖なる御霊の御業を記録することが出来たならと思っています。神様の子供一人一人が命令を受けて、800番にダイアルに電話をかけ、ソルトレークシティーの教会本部に御霊の働きを一つずつ記録したら、どれほど素晴らしいことでしょうか。そうすればヨハネが言ったように「世界もその書かれた文章を収めきれないであろうと思う」のです。(ヨハネ21:25)
当たり前のことではありますが、主の注意深い軌道修正のすべてが伝道期間中に起こるわけではありません。主の御霊は常に備えられているのです。そして私たちが霊的な宮を建てるのなら、御霊は来ることでしょう。マッケイ大管長が証したように、霊的な啓示は、私たちの多くがそうであるように、主にとっても「義務を果たした当然の結果」として現れるのです12。御霊の導きに従い、心を込めて人に仕えるならば、霊的な助けを必要とするときに人々は私たちを訪れることでしょう。そして例外なく私たちは主の御霊の近さを実感することでしょう。
教会の召しを献身的に行うことで、聖なる御霊に必ず触れることが出来ます。もっともワードの黒板消し係という役職が長老定員会会長や扶助協会訪問教師と同じような機会を与えてくれるという確信はありませんが。「神の栄光にひたすら目を向けて」召しを果たすならば、私たちが御父に向かい踏み出す「父よ。よろしいですか」という一歩一歩の歩みに対して御父は大きな一歩で応えてくれるでしょう。主は聖なる門を開き、心を込めた祈りに対して素晴らしい方法で答えてくれるでしょう。そして、私たちはホサナと声高に叫ぶことでしょう。
そのようなホサナの瞬間がいつ来るかは分かりませんが。何週間か前のある木曜日のことです。MTCで夜の集会を開いていた時に、ある長老から呼び出しを受けました。歯の痛みがあまりにも酷く、長老は涙を流し、顎が腫れ上がり一日中何も食べられない状態でした。翌日まで歯医者に見てもらえないため、痛みを和らげる祝福を授けることが出来ないか尋ねてきました。「そのようなことが可能だと思いますか」と私は尋ねました。 歯の痛みを「治療が必要な腫瘍」だと捉えてします私の中にある「合理主義者」の部分を抑えつつ、その夜を乗り切る痛み止めをどのように用意すればよいか考えていました。 私はその長老の信仰がこもり「主が出来ることを私は知っています。そして、この痛みのせいで日本語や他の学習に集中できないときに、このこと以外の他に学ぶことの出来るものはないと思います。主が痛みを和らげてくれたら、多くのことが学べると知っています。」私たちは御霊が「今です」と囁くまで話し合い続けていました。そして、掛けるべき言葉で私の心を満たしました。そして、私は手を置き、その若い男性を祝福しました。御霊の促しだと私が知るその衝動を感じるや否や、私は大胆なことを口にしました。それは彼がすぐに癒されると約束したことです。私は祝福を終え、祝福後の祈り方についていくつか教え、私たちは集会に戻りました。その夜は、多くの宣教師と関わっていたため、彼に会うことはありませんでした。しかし、金曜日と土曜日に熱心に祈り、その宣教師が求めていた祝福を主が既に授けていることを願いました。日曜日の朝、その宣教師は目を輝かせて、私のオフィスのドアにいて、奇跡が起こったと私に教えてくれました。集会に戻る頃には痛みは収まり、集会中にずきずきする痛みは消え、自分の部屋に戻る頃には、腫れも引き、食事をとることが出来ました。その次の日にあった歯医者の予約はキャンセルしました。彼曰く、日本語の勉強に時間を取られすぎたとのことでした。その長老は、聖なる御霊が人生に与えた影響への喜びが、痛みの元が消えた安心を上回ったと私に証してくれました。この証は、その時、その場所で、そしてその形で、賢明な天のお父様からの明確な支えを必要としていた、霊的な不安を抱る若者のもとに届きました。長老がドアを後にしてから、私は声を出して「主よ、ありがとうございます」といいました。そして、なじみのある温もりと慰めを経験しました。私が思うに主の手に包まれている感覚だったと思います。
父親や母親、そして子供たちはお互いに「ホサナの瞬間」を与えあい、共に成長します。数年前のある夜更けのことです。幼い娘が転び、ひどく頭を打ちました。私はその場に立ち尽くし、ただただ胸を痛めるばかりでした。部屋へ急ぎ、妻が息をしていないかのような娘を前にしてひざまずいている姿を見て固まりました。私が妻の前にひざまずき、応急処置や救命救急のことについて考えていたとき、妻が顔を上げ、私の胸を指して、最も清らかな泉から湧き出るような力で言いました。「彼女を癒して…今!」。彼女に従い、私はすぐにジェニファーの頭に手を置き、神権の鍵を口にしました。「イエス・キリストの御名と神権の権能により、すぐに回復するように命じます。アーメン。」頭から手を上げると、ジェニファーの胸は上下し始め、呼吸が戻り、そして目の焦点が合うようになりました。怯えた両親の顔を見ながら、娘は今までで聞いた中で最も素敵な言葉を口にしました。「どうしたの?」私たちは「全く問題ないよ。もう大丈夫になったよ」と答えました。そのよる病院から家に戻る道中で、私の妻と私は「ホサナ」の状態にありました。天の御父は再び御手を伸ばして生と死の隔たりを埋め、御霊によって新たな奇跡が起きたのです。神様が一人一人の状況を知っていると私たちは知っていましたが、神様は私たちの小さなスズメの命のために行動を起こしてくれたのです。
聖なる御霊が許してくれるのであれば、今からBYUクーガーズが次のホリデーボウルを制覇するまで似たケースを語りたいところではあります。もっとも親切に聞いてくださっている皆さんには悲劇に他ありませんが。特に、御霊に導かれたいと願っていても、フットボールの試合後にマリオット・センターの駐車場に停めてあった車すら見つけられない私のような人が話すとなればなおさらです。
私が日常のルーティーンから一歩引いて、私の経験を振り返ってみると、私が実際に経験した「ホサナ」の瞬間や他の人たちの証から知った瞬間の多さにただ驚いています。私たちが聖なるものに囲まれていること、私たちの神様が使徒である聖なる御霊を通して確かに私たちの隣にいて働きかけていること、この神権時代の宣教師と共にいたように、御霊が私たち一人ひとりの旅に寄り添っていることは、私にとって明白なことです。主は「わたしはあなたがたに先立って行こう」と約束しました。「わたしはあなたがたの右におり、また左にいる。わたしの御霊はあなたがたの心の中にある。また、わたしの天使たちはあなたがたの周囲にいて、あなたがたを支えるであろう」( 教義と聖約84:88)。主が私たちの生活を慎重に導いていく中で、C・S・ルイスは「世界のいたるところで、あまりにも大きな規模で書かれている物語が、私たちにも読める大きさで書き直されているのです」と述べました。13
では、その聖なる御霊から生まれて、御霊が常に私たちに宿るようにしようではありませんか。私たちの魂を厚く囲う殻を壊し、ブリガム・ヤングが聖徒たちに促したように、毎日、1日のあらゆる時間、1日のあらゆる瞬間に御霊を宿すように」生きようではありませんか(JD10:296)。意識して聖霊を選びましょう。それは「主の御霊がほとんど絶え間なく共にいる状態」を育むことを指すのです。モルモン教徒の視点で世界を見つめ、「神の栄光だけを仰ぐ」眼差しで物事を見ましょう。人生の浮き沈みのなかで、永遠の視点に意識を向けなおし、現世を永遠という大きな流れの中の「節目」として見続けましょう。そして、その広大で神秘的な見方に私たちの霊的なコンタクトレンズを浸し、C・S・ルイスがキリスト教について語ったように、「私は(モルモニズム)を信じています。理由はそれが見えるのではなく、他の物を照らされる様子を見たからです」と言えるようになりましょう。14
今日の午後、明日、もしかすると明後日に聖なる御霊が皆さんに訪れるでしょう。そして主が訪れたときには、感謝を示し、主の存在を誇りに思い、忠告に耳を傾けてください。そうすれば主が皆さんと共にいることでしょう。そうするときに、「神の前においてあなたの自信は増し、神権の教義は天からの露のようにあなたの心に滴るであろう。とこしえにいつまでも 聖霊は常にあなたの伴侶となるであろう」(D&C 121:45-46)。
主のみたまは火のごと燃え
みさかえ出づ、末の代に
み恵みも、まぼろしも見え、み使い、この世に降る
天の群れと共にうたわん
ホザナ、ホザナ、神と御子
高きみ座に栄えあれ
末、とこしえに
……イエス・キリストの御名によってアーメン。
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ブリガムヤング大学の英文部教授リチャード・H・クラクロフトは、1993年6月29日にこのディボーショナルを行いました。