肉体と霊の調和: 幸福の鍵 ジェラルド・コセー 2025年1月31日 https://speeches.byu.edu/jpn/talks/gerald-causse/harmony-body-spirit/ ---  親愛なる兄弟姉妹の皆さん、今日この壮大なキャンパスにわたしの愛する妻、ヴァレリーと共にいられることを非常に嬉しく思います。わたしたちから、ワーセン会長と姉妹、そしてみなさん一人一人に愛をお伝えします。教会の管理ビショップにとって、このようにお話しする機会は非常に稀ですので、この度みなさんにお話しできることをとても光栄に思っています。     今日は、わたしたちの肉体と霊の調和を築く方法について、いくつかの考えをお伝えしたいと思います。それは、この死すべき世と来るべき人生の両方で真の幸福を見つけるための鍵となるものです。     わたしは最近、映画「美女と野獣」をもう一度鑑賞しました。わたしはこの映画が本当に好きです。フランスが舞台だとか、ルミエールのおかしななまりにとても親近感がわくだけではありません!     ベルはみなさんによく似ていると思います。明るく、自立心があって、熱心な読書家でもあり、世界について学びたいと切望しています。同時に、しばしば周りの人と自分は違うと感じています。また、彼女は寛大で思いやりのある心に恵まれています。彼女は純粋な真実を愛する人で、この世的な恋愛や、モルモン書が「俗世のむなしいもの」1と呼んでいる、権力、物質的な富、または外見の美しさへの執着などを好みません。     ベルは不気味な城で恐ろしく醜い野獣に捕らえられます。しかし野獣の本当の姿は、呪いで恐ろしい怪物の体に閉じ込められてしまった若い王子です。ベルは野獣を見かけで判断せず、恐ろしい怪物以上の物を見ることができます。彼女は、彼のにがにがしい性格や、失礼な態度、そして気の短さは、誰かを愛したいと苦しむ魂を隠すための表面的なものにすぎないことを理解しているのです。     ベルの穏やかさは、野獣に驚くべき変化をもたらします。それは彼の魂の奥底から始まり、最終的には彼の見た目まで完全に変えてしまいます。ベルの愛によって呪いから解放された彼は元の若い王子の姿を取り戻し、民は若い王と王妃を大喜びで迎えました。     わたしはこの映画の根底にあるメッセージがとても好きです。そのメッセージは、わたしたちが永遠に続く、純粋な幸福を探す助けになります。わたしたち一人一人は、肉体と霊という2つの要素で構成されています。そして、これら2つには例外なく深く結び付いていて、非常に密接な相互関係があります。王子を悩ましていた獣の肉体は、彼を不機嫌で非社交的な性格にしていました。しかし、彼の心が変わり、楽しく社交的な性格を取り戻すことができたとき、彼の外見も変わりました。     この出来事は、わたしたち全員に当てはめることができます。わたしたちの体調が、精神的な健康に大きく影響することがあります。逆に、わたしたちの精神的な強さと心の感情は、わたしたちの肉体的な健康に深く影響します。言い換えれば、肉体的な性質と精神的な性質が美しく調和していることは、わたしたちがこの死すべき人生の旅路と、来るべき永遠の世界において真の幸福を見つけるために重要な条件です。  この重要な原則は末日聖徒イエス・キリスト教会の教義の核心です。教義と聖約の93章ではこのように説明されています。     「人は霊である。元素は永遠であり、分離しないように結合した霊と元素は、満ちみちる喜びを受ける。     これらが分離するとき、人は満ちみちる喜びを受けることはできない。」     この聖句には、わたしたちの肉体と霊が再び結合するとき、つまり復活の時に、わたしたち全員が経験することのできる喜びについて書かれています。わたしは、この死すべき人生においても、わたしたちの霊的側面と肉体的側面の間に完全な調和があるときに経験する喜びと充実感にも当てはまるとわたしは思います。それはつまり、主との調和の結果です。     クリスチャンの世界では、肉体がわたしたちの霊の成長の妨げであると信じている人もいます。この見方をする人々は、わたしたちの生活を、肉欲と悪の根源と見なされている肉体的な汚れから遠ざける必要があると思っています。確かに、アルマが息子のコリアントンに教えたように、 「生まれながらの状態、すなわちこの世的な状態にあるすべての人は、苦汁の中にあり、罪悪の縄目を受けている。彼らはこの世で神なしに生きている人々であり、神の性質に反して行動してきた。したがって彼らは、幸福の本質に反する状態にある。」3     しかし、わたしたちが肉体の存在であるからといって、肉欲的で悪いとみなされるわけではありません。     大管長会の一員であるヒュー・B・ブラウンが表明した現代の啓示には、「物質が本質的に悪いのではなく、物質の目的は例に仕えることである」と明言しています。「霊と物質の間には、慈悲深く永遠の関係があります。」4実際、霊は肉体なしに完全になることはできません。「肉体のない霊は完全ではなく、肉体がなければ、神の栄光を十分に受け入れることができない。したがって、肉体がなければ、その使命を果たすことはできない。」5と、ジョセフ・F・スミス大管長は述べています。     神と彼の独り子であるイエス・キリストは、骨肉を持っておられ、不滅の栄光ある存在です。そして、わたしたちもいつの日か高貴な存在になるためには、肉体と霊の間の完全で永遠の一致という同じ条件が必要です。したがって、わたしたちの生活の目的は、わたしたちの肉体的性質を否定することではなく、それらをわたしたちの霊と調和させることです。     親愛なる兄弟姉妹の皆さん、少し内省してみてください。あなたの肉体的性質とあなたの霊的性質の間の関係はどうですか。どのように影響し合っていますか。どうすればあなた自身のこの2つの性質に調和を築くことができますか。     これらの大切な質問に答える際に役立つと思われる、いくつかの原則を確認しましょう。 1.霊的な強さは肉体的な幸福に影響する     緊張で息が詰まる、押しつぶされる、気が張る、胃が痛い、喜びで飛び跳ねる、頬を赤くする、など―これらすべての表現は、精神と身体の間の一定の相互関係を示しています。わたしたちの内面的な思考、感覚、感情は、ほとんどの場合、ポジティブであろうとネガティブであろうと、肉体的な感覚に変換されます。     みなさんもわたしと同様に、善がある類の美しさを放っていることに気づいているかもしれません。わたしたちの気高い内面が外見に反映されることはすばらしいと思いませんか。純粋で慈愛にあふれる心を持つ人々は、愛嬌があり魅力的で、人を引き付ける素敵な表情をしています。わたしは、世界が定義する、外見の完璧さだけを大切にし、内面の精神を無視する美しさについて話しているのではありません。むしろ、人々が内面の健全さによって放つ美しさについて話しているのです。     わたしはヴィクトル・ユーゴーがの言葉が好きです。     「恵まれた容貌は、内部の美しさによって引き立てられていない限り完璧ではありません。魂の美しさは体の美しさとなり、不思議な光のように広がります。」6     数年前、わたしたち家族はドメン・デ・キュライルの簡素なホテルで数日を過ごしました。フランス南西部の美しい地域にある、ドルドーニュの美しい公園の中心部に位置する場所です。到着した途端、雄大な木々と香りのよい花壇に囲まれた古い石造りの建造物から流れる美しさに魅了され、わたしたちは平安と幸せを感じましたーまるで小さな楽園の真ん中にいるかのようでした。     ところが翌日、そこをもっとよく見ると、いくつかの欠陥が見え始めました。いくつかの壁は崩れ落ち、石の配置は不揃いでガタガタしており、あちこちで植物が鉢からはみ出て壁や階段に沿って生えていました。しかし、そのすべてにもかかわらず、平穏と驚くべき光がその光景から溢れ、それが調和を生み出し、幸福の体現とも言える程でした。ここでの真の美しさは、物理的な完璧さの中ではなく、その場所が発する純粋さ、調和、輝き、そして光の中にありました。     わたしたちの人生の旅では、世界が押し付ける常識に屈しないように注意しなければなりません。真の美しさは、絶妙な創造と繊細なバランスの結果です。それは美的または物質的な基準ではなく、ほとんどわたしたち個人の内なる光から来ています。     また、わたしは最近、フランスの作家、ジャック・ルッセイランの生涯についての驚くべき記述を読みました。     7歳の時ジャックは学校で転倒し、先生の机の隅に激突しました。その時の激しい衝撃で彼は目に深刻な傷を負い、彼は完全に、そして永久に視力を失いました。     ジャックは後にこう書いています。 「盲目とは、わたしの想像していたものとは全く違いました。…盲目であるということは見えないことだと言われましたが、…わたしには見えました。すぐに見るようになったのではないことは認めます。手術直後にそれが起こったわけではありません。     … [しかし時が経って]輝きに気がつきました。…光は[喜びとともに]そこにあったのです。」7     ジャックは成長するにつれて、彼が「人間の感覚」と呼んだものを失明のおかげで習得しました。8 この感覚は彼が人々の声のトーンを通して人々を観察するのに役立ちました。     この才能は、彼が15歳で、1940年6月にナチス政権がパリを占領したときに不可欠なものになりました。彼とその友人たちは非常に若かったにも関わらず、地下で反対運動を始めました。そしてジャックはそのグループのリーダーに選ばれたのです。     当時、ジャックはこう書いています。 「毎朝、…日が昇る前に起きました。そして最初にすることは、ひざまずいて祈ることでした。『神よ、約束を守る力をわたしにお与えください…今20人の若い男性が…わたしの指示を待っているのです、与えるべき指示を教えてください。わたしにはどうしたら良いかほとんど何もわかりませんが、神が教えて下さるならば、何とかすることができるのです。』」9     運動に参加するように指名されたすべての人は、最初にその「目の見えない男」と会わなければなりませんでした。10 ジャックは彼らの言葉にはあまり耳を傾けませんでしたが、彼らの魂に耳をすませていました。そして、最初20人だった組織はたった 1年で600人以上にまで大きくなりました。     その600人の中でジャックがその動きを完全に把握していなかったのはたった一人の男であり、後に彼らを裏切ったのもその男でした。ジャック達は1943年にゲシュタポによって逮捕され、他の2000人のフランス人と一緒にブーヘンヴァルトの収容所に送られました。収容所が解放されたとき、その2000人の中で生き残っていたのは30人だけでした。それはジャックが20歳の時でした。     ジャックは、近代史上最も暗いと言われる一つの時期にあって苦しみ、死の危機に瀕していました。それにもかかわらず、彼はこう書いています。 「その330日間の極度の苦しみの日々の中に、悪い記憶は一つもありません。わたしは手で運ばれており、翼で守られていました。…そしてわたしは今、他の人を助けるために自由になったのです。…     わたしはどうやって人生で忍耐するかを他の人に示すために、実践することができました。また、わたしの中で豊かになった光と喜びを彼らに注ぐことができました。」11     まさにジャックは預言者イザヤが語った人々のようでした。「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。」12わたしたちは皆、どうやってその光のそばで生きることを学ぶことができます。救い主はこう教えられました。「また、あなたがたがわたしの栄光にひたすら目を向けるならば、あなたがたの全身は光に満たされ、あなたがたの中に暗さがないであろう。そして、光に満たされるその体はすべてのことを悟る。」13     ジャックのように、わたしたちは皆、自分の身体能力を研ぎ澄ませ、成長させるために必要な精神的資源を自分の中に見つけることができます。わたしたちの中には、病気やその他の肉体的な逆境に苦しんでいる人もいるかもしれません。また、全員ではなくても、多くの人は鏡で自分自身を見るときに、好きではない部分があるでしょう。     あなたの持つ身体的欠陥にあなたの価値を決めさせないでください。あなたの内なる光を強化することに集中するべきです。そうすることによって、あなたは外見ににじみ出る内面の美しさを増し、肉体的幸福が改善され、感覚が活性化され、より幸せな人になるのです。 2.外見は自分と周りの人の霊性に影響を及ぼす     「衣服は人をつくらず」という一般的な信念があります。しかし、わたしたちの外見は詰まらないものではありません。自分の体を大切にすること、服装、行動はすべて、個人の霊性、ひいては周囲の人々に影響を与えます。     わたしたちが外見に関して霊性を保つ助けとなる指針が教会にあるのは偶然ではありません。例えば、宣教師や皆さんのような教会の大学生には、服装や外見に関する標準が与えられます。教会の青少年は、服装や身だしなみ、言葉遣い、音楽とダンス、身体の健康など、様々な実際的な問題を扱う「若人の強さのために」にある原則に従うよう勧められています。     コリント人への第一の手紙で、パウロは次のように書いています。 「あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって     …それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。」     からだをもって神の栄光をあらわすとは、外見や行動を霊的な最高の望みに一致させることです。そうすることで、神の御霊がわたしたちの内に宿っているのを許します。御霊がわたしたちに光を注いでくださり、わたしたちの光が人々の前に輝きます。     わたしは、かつてミニスタリングブラザーであったショーンが語ってくれた個人的な話に感動しました。ショーンはあまり活発でない教会員の家庭で育ったため、青少年のころはほとんど教会に出席しませんでした。高校卒業後、ユタ大学に通い始め、世的な若者の気楽な生活を送っていました。彼は、毎晩オフィスビルの窓ガラスを掃除するアルバイトに恵まれました。建物はサウステンプルストリートに面し、ソルトレーク神殿の真向かいにありました。     窓ガラスを掃除していると、ショーンは神殿を見下ろす景色をよく見るようになり、神殿から出てくる人々を観察し、注目するようになりました。彼はそれらの人々の表情に感銘を受けました。彼らは皆、日曜日の服装に身を包み、穏やかな表情をしていました。喜びと光にあふれているように見えました。神殿の中で何をしていたら、出てくるととてもうれしい気持ちになったのかと、よく自問しました。     対照的に、ショーンは毎週数回、学生のナイトクラブに行く習慣を身につけました。このクラブは静かで穏やかな場所ではありませんでした。雰囲気はしばしば賑やかで、アルコールの匂いに満ち、常連客の騒々しい会話に支配されていました。ある晩、友人たちとテーブルに着いていると、ソルトレーク神殿の写真を壁に貼ることが思いつきました。彼らは侮辱と憎悪の言葉とともに、その像にダーツを投げ始めました。ショーンは非常に居心地が悪くなり始めました。ある何かが立ち上がってその汚れた環境を去ろうとするように彼を促しました。     友人たちからなぜ立ち去るのかと聞かれると、ためらうことなく「いつか家族を持ちたい。そして、もし娘に恵まれることがあれば、あなたたちのような男と結婚しないことを願っている!」     もう一つの質問が来ました。「どこへ行くつもりなの?」     彼はグループの方を向き直り、壁にかかっている神殿の写真を指差して、「そちらに行く」と言いました。     それで、彼らが彼に侮辱と嘲笑を投げつけている間、彼はクラブを去りました。車に乗り込むと、大きく息を吸い、その瞬間に、自分が何をし、どこへ行くべきかがはっきりと分かりました。数週間のうちに彼は教会に戻り、専任宣教師として奉仕する決心をしました。     現在、ショーンは福音に深く根差した家族の幸せな父親です。友人から、それまでの生活から離れる勇気を与えられたものは何かと聞かれると、彼はためらうことなくこう答えます。「主の宮を見て、そこから出てくる人々の服装や表情を見たときに感じた御霊なのです。」15     若い兄弟姉妹の皆さん、皆さんが世に提示する身体的なイメージや外見に細心の注意を払うようお勧めします。霊的生活や周りの人々の生活に直接影響を及ぼすかもしれません。 3.主は、物質的な原則と霊的な原則の両方の重要性を認めておられる     わたしたちの生活には物質的な面と霊的な面が絶えず関わり合っているため、教会が霊的な原則を教えるだけでなく、日常生活の最も実践的な面に関して勧告を与えていることは当然のことです。     教会の教えには、知恵の言葉、什分の一、断食の律法、教育と雇用の必要性、家計の適切な取り扱い、非常時の備え、食糧貯蔵など、霊的および物質的な性質を持つ多くの戒めと原則が含まれています。教義と聖約でも睡眠について忠告を提供しています。「必要以上に長く眠るのをやめなさい。疲れることのないように、早く床に就きなさい。あなたがたの体と精神が活気づけられるように、早起きをしなさい。」(教義と聖約88:16)     わたしたちが自分の体を尊重する方法に関する二つの重要な福音の原則を強調したいと思います。これらの原則は、わたしたちの現世の福利と永遠の行く末に大きな影響を与える可能性があります。 身体的な健康の管理     教会総合手引きにはこう書かれています。     「主は会員に対して、心身の健康を保つように命じられた。知恵の言葉を守り、栄養のある食物を取り、定期的に運動し、体重を管理し、十分な睡眠を取るべきである。心身に有害な、依存性のある物質や習慣を避けるべきである。衛生管理をし、体や歯の適切な手入れや治療をするべきである。     皆さんの中には、若いうちは身体的なトラブルとは無縁だと思っている人がいるかもしれません。それどころか、個人の幸福に関して今あなたが確立する習慣は、残りの生涯にわたって物質的にも霊的にもあなたに影響を与えるでしょう。世のむなしい流行を追うことに集中すべきではありません。それは単に痩せたり、ルームメイトのようにムキムキに見えるようにさらに10キロをウェイトリフティングしたりする問題ではありません!目標は、気分を改善し、物質的にも霊的にも平安を保つことです。それによって、生涯にわたって健康でいられる最高の機会が得られ、その結果、現世における自分の能力に喜びと自信がもたらされ、永遠の可能性にさらに気づくことができるのです。 性的に清くある     若い友人の皆さん、皆さんの体は生命を生み出す神聖な力を授かっています。ボイド・K・パッカー会長が述べたように、 「この世で生活すると新たな命を創造する力は神から与えられた祝福です。この力は幸福の計画に偶然に付随しているものではなく、計画の鍵であり、中心となるものです。     永遠の律法に従ってこの力を用いるか…で、わたしたちが将来どのような存在になるかが永遠に決まります。」     男女間の肉体的な親密さは、主によって確立された結婚のきずなの中で起こるとき、美しくすばらしい経験となり得ます。しかし、自然な身体の衝動を魂の深い願望と調和させることほど努力を要する経験は、ほとんどありません。     「心を尽くして主に従う」と言いながら、同時に「自分の体でしたいことは何でもできる」と言い続けることができる人はいません。この二つは密接に結びついています。神聖な生命を生み出す力をどのように使うか、あるいは乱用するかが、この世と来世の両方における皆さんの幸福と霊的な進歩を決する重要な要素となります。     どうか性的な清さを保ち、神から授かった生来の情熱を、霊的に最も高く願うことに向けるよう、切に懇願します。目先の楽しみのために、皆さんが大切にしている永遠の約束を危険にさらすようなことなどありません。天の御父と、現在あるいは将来の伴侶から寄せられる信頼を損なうだけの儚い快感などありません。     どうか忘れないでください。私たちの地上での存在の重要な目的の一つは、私たちの霊と肉体が調和して高く永遠の目的を果たすために霊が肉体の要素を支配することです。これは、この世で真の幸福を見いだし、永遠の栄光を受け継ぐために満たさなければならない条件の一つです。     「美女と野獣」の物語の最後の方に、野獣が立派な王子に変身すると、妖精が現れ、ベルにこれらの素晴らしい言葉をささやきます。     「美女よ、お前の賢明な選択の報酬を受け取りに来なさい。お前は機知や美貌よりも美徳を優先し、それらすべての資質を兼ね備えた人物を見つけるに値する、お前は偉大な女王になるだろう」19     神と御子イエス・キリストが生きておられ、無限の愛をもってわたしたちを愛しておられることを知っています。自分の物質的、あるいは霊的な受け継ぎを調和させる標準として徳を選ぶならば、いつの日か、天の御父が備えられた永遠の王国で王や女王となり、’御父の完全と栄光とを受け〔る〕’資格を有するでしょう。20 これこそが、神があなたに抱いておられる最大の望みです。このことをイエス・キリストの御名によって証します、アーメン。